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太閤さん――― 豊臣秀吉が町づくりをした湖北長浜に伝わる子供歌舞伎の舞台として、毎年四月の例祭に活躍する曳山は、高度な工芸が結集した芸術品である。一方、井伊家お膝元の彦根で、江戸時代からお武家衆の武具文具に完璧な工芸技術が施されていた。歴史のあるそれ等の技術の流れが仏壇という当地の地場的産業に結実した。
そもそもは、明治の中期にかけて勇助―上丹生彫刻の創始者を継ぐ二代目が仏壇の彫り物を手掛けたことに始まり、同じ頃木地師、錺金具師、塗師、箔押し師など仏壇づくりのための職人が誕生した。木彫だけではなく、上丹生は全国でも珍しく、いろいろな分野の伝統工芸の職人が住む工芸村として成長。今日なお”仏壇づくりの里”ともいわれている。
上丹生が主として作る浜仏壇は、木地から漆塗り、錺金具、彫刻、箔押し、蒔絵などから仕上げまで一貫して行い、世に仏壇七職といわれる磨き抜かれた伝統技の総結集である。技術の高さにもかかわらず経営的には零細で下請けによる家内工業の域を出ないが、積年の技術と意匠をを今に受け継ぐ歴史的、文化的に貴重なところでもある。
上丹生が取り組む仏壇づくりの特徴は、予算の規模に合わせ、又自分の趣向も入れて技術、材料、意匠まで世界に一つしかない「ウチの仏壇」を仕立てくれる。
仏壇の相談を受け、この間のプロデュースをする仏壇屋が上丹生には五軒あり、上丹生だけではなく彦根、長浜と広域に職人をかかえ広く需要に応えている。 |
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仏壇は、木材と金具と漆塗りの下地で組み立てられているため、百年もたつと四季の気象と変化、又日常の埃や、虫などのために損傷が見られるようになります。同時に金具や塗りの汚れも目立つので不都合なところを修理、磨きをかけて全体に調整をし直し、その結果リニューアルされた中に、積年の美しさと落ち着きと格調を取り戻した仏壇に生まれ変わるのです。
これを仏壇のお洗濯といって、当地の仏壇屋はメンテナンス作業に対応しています。良質の木材を使い、確かな手作業でつくられているからこそ、このアフターケアーに応じられるわけなのです。
自分が今あるのは「ご先祖様のお陰」、だから「ご先祖様を大切に」という気持ちが潜在的にあり、この精神風土は今なお根強く残り、仏壇文化を支えているのです。 |
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