上丹生 森彫刻所

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上丹生森彫刻所 上丹生とはこんなところ

地方の時代といわれながら、なおも都会志向の価値観に流されがちですが、上丹生の風土や伝統文化を地域の誇りとする文化人が、彦根・長浜にいるのは心強いことです。広い視野から上丹生の生活と文化を眺望している彼等の、上丹生に寄せる思いをひとこと、ふたこと。

上丹生森彫刻所 上丹生賛歌
霊仙の渓流ぞいにひらけた上丹生は不思議な村だ。「丹生」の地名は、赤い土、水銀を産した土地という古代のロマンを彷彿とさせる村である。
その血族や民族から、神功皇后や継体天皇を輩出したとされる息長氏の本拠は、坂田の国の山津照神社周辺(近江町)ではなく、上丹生あたりではないかと私は思っている。「わごれ」「へのね」といった独自の言語さえ今に伝えている。自然神への畏敬がつよく、神事や仏事、地蔵盆等に見られる村のコミュニティには特異な結束が見られる。
戦後、木彫りの村としての存在感を誇ってきた。
何世紀ものちのちの世に自らの作品を残そうとする職人魂、不易の文化が脈打っている。風土は「風の人」と「土の人」の交流、融合、触発の中から培われてきたその土地独自の形、地域性といえる。
これからも、新しい風を取り入れ、新しい文化を発信し、本物(真実・真理)を見きわめる新しい風土を構築していくことだろう。
国友伊知郎/民族研究者(長浜在住)

上丹生森彫刻所 赤い地蔵盆  
丹生川の流れに沿って細長く続く上丹生の村を歩いていると、誰もがいつのまにか遠い懐かしい時間を辿っていることに気がつきます。
ことに夏の終わりを告げる上丹生の地蔵盆は村の九ヶ所の地蔵尊にたくさんの赤い提灯がともされ、私たちを異境に誘ってくれます。お地蔵様のまわりに集う村の人々。川面の灯。山際の灯。秋の訪れを告げるかのように涼風が吹くと、赤い提灯が一斉にやさしさに包まれた人の魂になって揺れはじめるのです。
上丹生森彫刻所 上丹生とはこんなところ
尾崎与里子/詩人(彦根在住)

上丹生森彫刻所 上丹生だから・・・
この國の人々は時をかけて良いモノを作ることを忘れてしまったけれど、ふと何かの偶然で、奈良時代から工芸に長け、木と真摯に向かい合ってきた人々のことを初めて知る。岸和田のだんじりを見物にいった友人が、上丹生・・・何某、と銘の入った彫り物を見つけた。祭りのたびにブン回され、町衆の誇りをかけ、彫り物は見事に守られ今にあった。
何某と名前は忘れたが上丹生という文字だけは友人の記憶に残った。それが彼の自慢だ。
「上丹生とはそんなに凄いとこだったのか」
と真顔で聞くものだから、
「凄いとこなんだよ。パリ万博にも上丹生の彫り物は行ったのさ…」
僕は念をおしてやった。
時は二種類ある。
僕らの意識ある時と、人々が時を数え始めてからずっとあるそれ。何喰わぬ顔で、時をかけ良いモノを、時空の中に仕込んでいるのだから、全く凄いところだ。
杉原正樹/ジャーナリスト(彦根在住)

上丹生森彫刻所 生涯現役の人たち
"もの"を手作りするあこがれが、上丹生の人たちの仕事ぶりを見ていると沸々と湧いてくる。霊仙山の緑が生み出す澄んだ空気の中で、良質の木材を丹念に刻んでいくと、あたりに木の香が漂い出す。たくさんのノミを使い分けて思いどおりの姿に仕上げてゆけるのは、長年の工夫や努力のたまもので、「生涯現役、一生が勉強の毎日」だという。
相して出来上がった作品は、やがて持ち主の手に渡り、時が刻み込まれていくほどにかけがいのない存在となっていくのである。
津田敏之/米原町職員(米原在住)

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